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福岡高等裁判所 昭和54年(ネ)499号 判決 1980年4月24日

一審原告 増田正行

右訴訟代理人弁護士 久保良市

一審被告 有限会社岩田鉄建工業

右代表者代表取締役 岩田健治

右訴訟代理人弁護士 西村文次

一審被告 福岡県信用保証協会

右代表者理事 小田部善次郎

右訴訟代理人弁護士 阿川琢磨

主文

一  一審原告及び一審被告有限会社岩田鉄建工業の各控訴を棄却する。

二  一審原告の当審で追加された予備的請求に基づき、原判決主文一項を次のとおり変更する。

一審被告有限会社岩田鉄建工業は一審原告に対し、原判決添付目録記載の各不動産につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

三  控訴費用は、一審原告と一審被告有限会社岩田鉄建工業との間に生じた分は同一審被告の負担とし、一審原告と一審被告福岡県信用保証協会との間に生じた分は一審原告の負担とする。

事実

一審原告代理人は、「一 原判決中、一審原告と一審被告福岡県信用保証協会関係の一審原告敗訴部分を取り消す。二 一審被告福岡県信用保証協会は、一審被告有限会社岩田鉄建工業が一審原告に対し原判決添付目録記載の各不動産につき福岡法務局北九州支局昭和五〇年一月二二日受付第一二〇一号所有権移転登記の抹消登記手続をすることを承諾せよ。三 仮に、右二の請求が認められないときは、一審被告有限会社岩田鉄建工業は一審原告に対し同目録記載の各不動産につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。」との判決を求め(右三項の所有権移転登記手続請求は当審で追加された予備的請求である。)、一審被告有限会社岩田鉄建工業の本件控訴につき控訴棄却の判決を求めた。

一審被告有限会社岩田鉄建工業代理人は、「一 原判決中、一審原告と一審被告有限会社岩田鉄建工業関係の同一審被告敗訴部分を取り消す。二 一審原告の右一審被告に対する請求及び当審で追加された予備的請求を棄却する。三 訴訟費用は第一、二審とも一審原告の負担とする。」旨の判決を求めた。

一審被告福岡県信用保証協会は、一審原告の本件控訴につき控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり加えるほか、原判決事実摘示(原判決二枚目―記録二一丁―表一三行目から原判決七枚目―記録二六丁―裏七行目までと、原判決添付目録とを含む。)のうち一審原告と一審被告ら関係部分と同一であるから、これを引用する。

一  一審被告福岡県信用保証協会代理人は、次のように述べた。

仮に、一審原告と一審被告有限会社岩田鉄建工業との間で本件建物の売買契約が不存在又は不成立であったとしても、一審原告は、右一審被告と通謀して同建物につき売買を原因とする所有権移転登記手続をし、両者間に売買契約が存したかのような外観を作出したので、一審被告福岡県信用保証協会は、登記簿上の右記載が真実なものであると信じて本件土地建物に根抵当権を設定した。したがって、一審原告は、一審被告有限会社岩田鉄建工業との間の右売買契約の不存在、不成立又は無効をもって一審被告福岡県信用保証協会に対抗することができない。

二  一審原告代理人は、右一の一審被告福岡県信用保証協会の主張事実を争うと述べた。

三  《証拠関係省略》

理由

一  当裁判所は、一審原告の一審被告有限会社岩田鉄建工業に対する本件登記抹消登記手続請求を正当として認容し、一審原告の一審被告福岡県信用保証協会に対する右抹消登記手続承諾の請求を失当として棄却すべきであるとするものであって、その事実認定及びこれに伴う判断は、次のとおり改め、加え、削るほか、原判決の理由説示(原判決七枚目―記録二六丁―裏九行目から原判決一一枚目―記録三〇丁―裏一三行目「これを棄却することとし、」まで。)のうち一審原告及び各一審被告ら関係部分と同一であるから、その記載を引用する。

1  原判決九枚目―記録二八丁―裏九行目から同裏一一行目までを次のとおり改める。

「以上の事実を認めることができ、右認定に反する原審証人増田妙子、原審及び当審における一審原告並びに一審被告有限会社岩田鉄建工業代表者岩田健治の各供述部分は採用することができず、他に右認定を覆えすに足る証拠はない。」

2  原判決一〇枚目―記録二九丁―裏三行目「民法第一一〇条により」の次に「又は同法九四条二項の法意に照らして」を加える。

3  原判決一一枚目―記録三〇丁―裏二行目から同裏五行目までの括弧書き全部を削る。

4  原判決一一枚目―記録三〇丁―裏一三行目「これを棄却することとし、」を「これを棄却すべきである。」と改める。

二  一審原告は、当審で予備的に追加して、一審被告有限会社岩田鉄建工業に対し本件不動産につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めるので、判断する。

前叙一で引用する原判決が説示するとおり、一審原告が本件不動産につき経由された自己から一審被告有限会社岩田鉄建工業への本件登記の無効を同一審被告に対しては主張できるが、その登記上の利害関係者である根抵当権者の一審被告福岡県信用保証協会に対して主張できない本件のような場合には、右一審被告の取得した本件不動産についての根抵当権設定が否認されず同一審被告のための根抵当権が設定されたままの本件不動産の所有権が一審被告有限会社岩田鉄建工業にではなく一審原告に帰属しているという実体関係を登記上に表現する必要がある。しかし、一審原告は、自己から一審被告有限会社岩田鉄建工業への本件登記の抹消についての利害関係者としての一審被告福岡県信用保証協会の承諾を請求し強制する登記請求権を有しないから、不動産登記法一四六条等による抹消登記手続によることはできず、登記手続上の処理としては、一審原告と一審被告有限会社岩田鉄建工業の共同申請に代わる判決によって「真正なる登記名義の回復」を登記原因とする右一審被告から一審原告への移転登記手続によらざるを得ないこととなる。なぜならば、このような手続をするについては利害関係者としての一審被告福岡県信用保証協会の承諾が必要でないとともに、一審被告有限会社岩田鉄建工業から一審原告への真正な登記名義の回復を登記原因とする移転登記によっても一審被告福岡県信用保証協会の権利は何ら影響を受けないことが登記簿上にも明らかにされるからである。

してみると、一審被告有限会社岩田鉄建工業に対し本件不動産につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める一審原告の請求は正当である。

三  かように、一審原告の一審被告有限会社岩田鉄建工業に対する本件登記抹消登記手続請求及び一審原告の同一審被告に対する本件所有権移転登記請求とは正当である。

ところで、主観的予備的訴訟が不適法(最高裁昭和四二年(オ)第一〇八八号昭和四三年三月八日第二小法廷判決民集二二巻三号五五一頁)とされる理由は、被告が予備的の立場にあるため不当に不安と不利益とを強いられるからであると解すべきである。それ故、諸般の事情により請求が主観的予備的に併合されても被告が不当に不利益を受けず不安定な立場に置かれてもやむを得ないと認められる場合には右併合は許されると解すべきであり、このように解することは右判例に反しないものと考える。これを本件についてみるのに、一審原告は、土地所有権に基づき当初から一審被告有限会社岩田鉄建工業とその余の一審被告福岡県信用保証協会ら三者に対し原判決添付目録記載の各不動産につき被告会社に対しては売買による所有権移転登記(本件登記)の抹消を請求し被告協会らに対しては右抹消登記手続の承諾を請求し、当審において、本件登記の無効を利害関係人である根抵当権者一審被告協会に対し主張できないとされることのある場合を予想して一審被告会社に対し予備的に同目録記載の各不動産につき一審原告のため真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続請求を併合したものである。このようにして主観的予備的請求を追加的に併合された一審被告会社はいずれにしても当初から同一土地につき本件登記の抹消という関連する訴訟の被告とされているので、右予備的併合による訴訟の被告とされることによって別訴を提起されるのと比べて特に不利益を受け不当に不安定な地位に置かれたと認めるべきではない。さすればかような主観的予備的請求は許されると解するのが相当である。

四  よって、原判決は相当であって、一審原告及び一審被告有限会社岩田鉄建工業の各控訴は理由がないから民訴法三八四条に従いこれを棄却すべく、一審原告の当審で追加された予備的請求に基づき、原判決主文一項を変更し、控訴費用の負担につき同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部秀信 裁判官 森永龍彦 辻忠雄)

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